「本はよく読むのに、記述問題になると手が止まる…」合否を分ける「表現力」の育て方
こんにちは、岩崎です!
「都立桜修館中学・都立新宿高校・明大付世田谷高校 受験専門塾 セルモ目黒本部教室」の教室長を務めています。
早速ですが、国語の記述や桜修館の作文について、次のようなご相談をよくいただきます。
「うちの子、読書が大好きで、家でもたくさん本を読んでいるんです」
「……それなのに、テストの記述問題になると白紙のままだったり、作文が全然書けなかったりします。どうしてなのでしょうか?」
本をたくさん読んでいるのだから、言葉のセンスも表現力もあるはず。それなのに、いざ「書く」となると手が止まってしまう。
一見、矛盾しているように思えるこの現象ですが、実は「あるある」なんです。
今回はこの問題の本質と、「表現力」の育て方についてお話しします。
■「読書量」=「書く力」という誤解
まず、厳しい現実からお伝えしなければなりません。
「本をたくさん読めば、自然と文章が書けるようになる」というのは、残念ながら誤解です。
なぜなら、「読むこと(インプット)」と「書くこと(アウトプット)」では、脳の使う部分が全く異なるからです。
本を読んでいるとき、子どもたちは「他人が作ったストーリーや論理」を、受け身の状態で追いかけています。
言葉のシャワーを浴びて語彙力や感性を育てるという意味では、読書は非常に素晴らしい習慣です。
しかし、記述問題や作文で求められるのは、それとは真逆の作業です。
「真っ白な原稿用紙の上に、自分自身の頭で論理を組み立て、他人に伝わる言葉でゼロから構築していく」という、極めて能動的な力が求められます。
つまり、どれだけ優れた文章をたくさん読んでいても、「自分で論理を組み立てる練習」をしていなければ、いざ書こうとしたときに脳がフリーズしてしまい、手が止まってしまうのです。
■いま求められている『表現力』の正体
例えば、桜修館の適性検査で求められる表現力は、単に「綺麗な文章を書く」ということではありません。
求められているのは、「正解がひとつではない問いに対して、自分なりの視点を持ち、その根拠を他者が納得できるように筋道を立てて説明する力」です。
これは、小学校の国語で習うような「自分の気持ちを自由に書く作文(読書感想文など)」とは全く性質が異なります。
文章から出題者の意図を正確に読み取り、
「私はこう考える。なぜなら、これこれの理由があるからだ」
という論理的な「型」に沿って、言葉を選び抜く力が必要です。
よく伸びる子の特徴として「ノートを書くこと(自分の言葉でどうまとめるかを考えること)」が社会の求める思考力や表現力の土台になることは、以前のブログでもお伝えしました。
まさにその「自分の言葉で論理を組み立てる訓練」の完成形が、入試の記述や作文なのです。
■家庭で今日からできる、表現力を育てるアプローチ
では、この「表現力」を育てるために、ご家庭ではどのようなサポートができるでしょうか。
最も効果的なのは、日常会話の中で「答えがYESかNOかで終わらない質問」を投げかけ、子どもに理由を説明させることです。
例えば、子どもが「今日、学校楽しかった!」と言ったとき、「それは良かったね」だけで終わらせるのではなく、
「へえ、何が一番楽しかったの?」
「どうしてそれがそんなに面白かったの?」
と、一歩踏み込んで聞いてみてください。
子どもが「なんとなく」で済ませようとするところを、「~だから、楽しかった」と言語化させる。
この日常の小さな変化こそが、頭の中のモヤモヤした感情や思考を「論理的な言葉」に変える最高の訓練になります。
「本を読んでいるから大丈夫」と安心するのではなく、「本を読んだ後、どう思ったかを言葉にさせる」ステップへ。
ぜひ、ご家庭でのちょっとした会話の中で、「なぜそう思うのか」を問いかけてみてください
問いには5W1Hを活用すると良いとのことですが、何よりもまず大切なことがあると思います。
それは「子どもの話に関心をもって聞く」ことではないでしょうか。
その積み重ねが、記述問題で迷わずペンを動かすための、確かな力になっていきます。